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今週の書評6/7

<毎日新聞 2009年6月7日 書評欄>

先日僕の日記に毎回目を通してくれている人と飲んでいるとき、

「あの書評は、てっきり全部読んでいるんだと思ってた」

的な話があって、

そんなに難しい本(難しくないのもあるけど)を毎週何冊も読めるわけがないし、中には研究書で馬鹿みたいに高い本も入ってるわけだから、読んでないのは分かってると思っていた。

書評についての感想を書くということ。または書評を読むということでもいいんだけど、著者だけでなく評者の考えに触れられるということが、僕にとっては面白いことなんだと、そういう説明をした。

また、ここに書くときに、少しでも背景となる著作がどのようなもので、それについて評者が何を考え、それについて僕が何を考えたか、ということが分かるように、かなり引用が長くなるのだけど、

実際に僕にとって大事な部分というのは、もっと狭い範囲の場合が多くて、ただそれだけを書いてみたところで、論旨が分かるわけではないので、少なくとも著書のおおまかな内容ぐらいは読み取れるように引用している。

でも、今週の書評に関して考えた時に、その「部分だけ」を引用してみたい欲望を感じた。それで、試しにやってみることにした。

●見えない巨大水脈 地下水の科学 日本地下水学会/井田徹治著 海部宣男評
「日本に数ある名水は、雨として降って地下に浸透し、平均して数年から十年以上、地下の透水層(空隙が多く水を含みやすい地層)をゆっくり流れて過ごす。そのあいだにきれいにろ過され、地下の地質に応じたミネラルを溶かし込んで地表に湧き出るのだ。ペットボトルの水はほとんど地下水だが、地下水は余計な混じりけが少なく、おいしいのである」

H2Oが長いあいだ地下をゆっくり動いて、そしてきれいな水になる、という景色は良い。でも、ミネラルと重金属では水への溶け方ろ過され方はどう違うのだろう。ペットボトルの水が美味しいとか言ってるのは味覚も怪しいな。

●犬と人のいる文学誌 小山慶太著 小島ゆかり評
「著者は、あの漱石にして短い文章の中に二回も「黙って」と自分の様子を記しているところなども・・・」

やっぱり文章の中に同じ言葉を繰り返すのは、文章書きとしてダメなんだな。意図して書いている場合はこの限りではない。

●「特捜」崩壊 石塚健司著
「最近の特捜部は足腰が弱く全体像を描く能力も低下しているらしい。「捜査のアマチュア集団」になったと批判される変質は、人事のあり方に負うという。赤レンガの官僚組と捜査一筋の現場組の人事交流という建前から、この10年間に特捜一筋の年季の入った職人肌の検事は消え去り、かわって特捜の現場を指揮する副部長らにはキャリアに特捜勤務の箔を付ける官僚組が多く任命されるようになった」

捜査一筋の人が必ずしも真っ白な正義漢かと言えばそうも言えないだろ? 裁判官でもあんなんだからな。それにしても、「赤レンガの官僚組」とか「キャリアに特捜勤務の箔を付ける」とか、対象となるキャリアについての評価は固まっているようだ。

●世界政治ーーー進歩と限界 ジェームス・メイヨール著 山崎正和評
「問題は近代になって、国内政治に新たな争いが生じ、平等、人権、民主主義の理念がそのなかから芽生えたときに始まった。これは理念だから普遍化の要求を秘めており、一国の変化はたちまち世界に影響を及ぼした。やがて民族の概念が芽生え、ウィルソンの民族自決の思想が広まると、世界政治が厄介な問題となって今日に及ぶことになった」

この辺は分かる。ただ、「民族の概念が芽生え」るのが、そんなに最近だったとは知らなかった。

「著者はこの問題に迫る方法として、ソリダリズムとプルラリズムという、二つの思想が対立してきたと分析する」

この何とかリズムというのは分からない。出典の説明もない。

「前者は理念主義とも言えるが、人権や民族自決などの理念のもとに、世界を均質に変えようという立場である。国連至上主義、米国主導の有志連合、皮肉だがイスラム原理主義もこれにはいる。他方、後者は国家の多様性を認めながら、問題を少しでも理念にとってよい方向に、個別に解決しようとする現実主義である」

小沢一郎は国連至上主義を唱えるが、この文脈を引き受ければ、全体としては現実主義のように見える。言うまでもなく自民党は全部、現実主義だ。そういう意味では、日本人に対して、こうしたカテゴライズを突きつけられても、あまり意味を成さないのかも知れない。

理想主義は理想主義として、様々に存在するがゆえに、「世界を」束ねる理想は存在しない。また理想主義を実現する「現実的な」回路は実在しないのが現状だ。構造的にもそうしたものは成立し難い。

●吉本隆明1968 鹿島茂著 松原隆一郎評
「・・・とはいえ評者のように昭和三十年代生まれとなると、「共同幻想論」や「心的現象論序説」といった著作は特異な表現が読みこなすに難しく、といって学術論文のように緻密すぎるとか現代思想のようにペダンティックというのでもなく、暗黙のうちに前提されているであろう「何か」が共有できていないというもどかしさがあって、敬して遠ざけることになりがちだった」

吉本は誰が読んでも分かり易いと、昭和二十年代生れの僕は思う。確かに直ぐ下の昭和三十年代の連中を見ていたら、真摯さの欠如というか、姿勢のいいかげんさを感じたので、読めないのだとしたらそれが原因だろう。

この本は新書で、著者は「稀代の趣味人」らしいが、吉本隆明がこんな風に軽い扱いで済まされてしまうのには抵抗感がある。

「(平凡社のK編集者が、ある時著者に向かって、鹿島さんなんかの世代の人が吉本、吉本って、尊敬をこめた口調で言うのがなぜなのか、いまひとつ理解できないですけどねと言ったのに著者が答えて)吉本隆明の偉さというのは、ある一つの世代、具体的にいうと1960年から1970年までの十年間に青春を送った世代でないと実感できないということだよ」

そうなのか? 

、、、
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プロフィール

HYPO

Author:HYPO
HYPO(hypo)とは、

●hypo=チオ硫酸ナトリウムの通称
●hypoxia=酸素欠乏症
●hypocrite=偽善者
●hypo(他動詞)=1 ?に皮下注射 する 2 刺激 する 3 増強する
●hypo(接頭語)= 〔正常値より〕下の、異常に低い

※因みに・・・、
カバはhippopotamus

美大中退後、肉体労働を経て店舗プランニングの世界へ飛び込み、都銀のCIデザインなどを手がけた後、今度はマーケティング分野に首を突っ込み、30で独立。
23年ほどプランニング会社の代表を務めた後、ライブバーの経営に手を染めて半年で挫折。就職活動の末入社した設計事務所勤務を5ヶ月でリタイヤし、現在事務所として使っていた自宅の地下を音楽スタジオとして運営中。

学生時代から始めたバンド活動が、なんやかやと続いていて、気が付けば音楽がいつも身近にあった、という感じかな。

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