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今週の書評 7/26

<毎日新聞 2009年7月26日 書評欄>

●東照宮の近代 ?都市としての陽明門 内田祥士著 藤森照信評

「日本の建築界には大きな反省がある。社会に向かっての発信力に乏しく、桂離宮の発見をタウトに横取りされてしまった。桂のモダンさをすでに評価していた日本の若い建築家たちは、桂の存在さえ知らないタウトを案内するが、日本の社会はタウトこそ桂の美の発見者として誤解して今にいたる。そのタウトが桂にくらべて嫌悪したのが本書の主人公の日光であることもよく知られていよう。キッチュ、下手物、俗悪品。問題はこの先で、1920年代にモダニズム美学が成立して以降、建築家や文化人は日光を俗悪として嫌うようになるが、でもふつうの人々は日光に押しかけ続けて今にいたる。評価は専門家とふつうの人の間で完全に分裂してしまった」

この辺まで読むと、POPアート以降の、今時のキッチュアートを評価する視点から見れば、日光の俗悪さなどモノの数でもないように思うのだが、次の一文で論旨は違う方向に行ってしまう。

「タウトは嫌悪したが、フランク・ロイド・ライトは「日光の永遠の美を、人間努力の終局の偉業として歌いたい」。そういわれてみると、ライトの帝国ホテルの過剰な装飾は日光と通じていよう」

そっちか・・・。

その後の印象的な記述を抜粋。

「(昭和の大修理を担当した建築史家の大河直みは)煩雑で過剰な装飾の代表ともいうべき柱上部の唐獅子については「笑うもの、泣くもの、にがむしをつぶしたようなものなど、それは当時生きていた人々の、一瞬の表情を捕らえたもの」と高く評価し、さらに、桂と日光の二者択一を拒み、桂には王朝のみやびを重んずる伝統主義があり、日光には新しい美を求めるフロンティアの精神が溢れており、この二つの共存こそが日本の文化の生命力だったのではないか、と」

情緒を写すことと、造形の美に関する評価をゴチャゴチャにしている時点で、この本の論旨は僕には受け入れられなそうだ。藤森さんはその論旨に乗っかってしまっているのは、らしくないような。

●インディアス史 全7巻 ラス・カサス著 池澤夏樹評

●世界が水を奪い合う日・日本が水を奪われる日 橋本淳司著 森谷正規評

●夜想曲集 カズオ・イシグロ著 丸谷才一評

以上三冊は、それぞれに興味深い内容なんだけど、評の論点が嫌いだとか、内容がなぞられ過ぎていて書きにくいとかで、ここに何か書く気がしなかった。

、、、
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プロフィール

HYPO

Author:HYPO
HYPO(hypo)とは、

●hypo=チオ硫酸ナトリウムの通称
●hypoxia=酸素欠乏症
●hypocrite=偽善者
●hypo(他動詞)=1 ?に皮下注射 する 2 刺激 する 3 増強する
●hypo(接頭語)= 〔正常値より〕下の、異常に低い

※因みに・・・、
カバはhippopotamus

美大中退後、肉体労働を経て店舗プランニングの世界へ飛び込み、都銀のCIデザインなどを手がけた後、今度はマーケティング分野に首を突っ込み、30で独立。
23年ほどプランニング会社の代表を務めた後、ライブバーの経営に手を染めて半年で挫折。就職活動の末入社した設計事務所勤務を5ヶ月でリタイヤし、現在事務所として使っていた自宅の地下を音楽スタジオとして運営中。

学生時代から始めたバンド活動が、なんやかやと続いていて、気が付けば音楽がいつも身近にあった、という感じかな。

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